基礎・臨床一体型の「ストレス造血・白血病の病態研究拠点形成」
血液学は、幹細胞研究と骨髄移植、造血因子研究と貧血治療、分子生物学と分子標的治療などの成功例をみるように、本来、基礎研究から臨床への応用が比較的可能な分野と考えられてきた。しかし、近年、基礎研究における手法の高度化と臨床・基礎研究の細分化により、人的交流が減少して両者の間に乖離が生じるようになった。この傾向は、欧米に限らず、わが国で特に著しく、世界における日本の生命科学研究の相対的低下をもたらす一因となっている。熊本大学・血液内科では、戦前、小宮悦造教授が造血因子の概念を世界に先駆けて提唱した。その後、河北、宮家らが患者尿よりエリスロポイエチンの精製に成功し、エリスロポエチン遺伝子のクローニング、臨床応用へと繋がった。近年では、高月清教授が成人T細胞白血病(ATL)の臨床研究を発展させ、満屋裕明教授がレトロウイルス研究・AIDS治療で輝かしい成果をあげた。このように、血液疾患の基礎・臨床において世界をリードしてきた伝統がある。一方、熊本大学・国際先端医学研究機構は、2015年発足以来、造血幹細胞研究で高名な機構長・須田年生教授と共に、指田、滝澤らが、造血幹細胞と微小環境の相互作用、感染・環境ストレスによって起きる幹細胞機能やエピゲノムの変化を、単一細胞での遺伝子発現解析、単一細胞タンパク質分析システム、ATACシークエンスなどの先端技術を用いて研究を進めている。
本研究交流計画の方針として、熊本大学の造血・血液疾患研究の基盤をもとに、世界をリードする研究を展開するために、英国を始めとした欧米諸国との相乗的で実効性のある共同研究を実施する。日本の造血幹細胞を中心とする基礎研究と、白血病・造血器疾患の臨床研究を再び強くつなぎ合わせて、本研究課題である「ストレスと老化・がん化」を中心に、国際的に中核的な役割を持つ、基礎・臨床一体型の「ストレス造血・白血病の病態研究拠点」を確立する。併せて、日本の近年の課題を克服するためにも、確立した本交流拠点の研究推進システムを通して、世界と肩を並べる若手研究者を育成し、彼らが独創的な研究に着手し、卓越した成果を効果的にあげることを目標とする。
本事業では、「ストレス造血・白血病」研究の促進および次世代研究技術の開発するために、共同研究として以下の3つの課題を実施する。最先端の生命科学研究には、単一細胞解析に限らず、細胞・組織の生体内イメージングや数理・ビッグデータ解析といった理工学的研究手法の導入が必須であり、これらを基盤技術として確立し活用する。
幹細胞の自己複製・多分化能維持機構の分子基盤を遺伝子発現制御・細胞内シグナル・代謝制御(小胞体ストレスやオートファジーなど)の観点から解明する。造血幹細胞の機能を維持する微小環境(ニッチ)特性を分子および細胞・組織レベルで定義し、得られる知見から、幹細胞の試験管内増幅技術の改良や、効率的な骨髄移植後の造血再建法の確立を目指す。
造血幹細胞の老化とがん化における幹細胞とニッチの機能的役割を検証する。幹細胞におけるシグナル・代謝・エピゲノム変異を伴った白血病転写因子ネットワークの成立過程を解明する。また、幹細胞またはニッチに発現する白血病特異的分子を標的にした、新たな白血病治療法の開発を目指す。
日本に多い成人T細胞白血病(ATL)の病態機序の研究をさらに進め、ヒトT細胞白血病ウイルスI型研究の拠点とする。また、ATL病態進展に免疫・ストレス応答の関与が示唆されており、クローン進展の観点から、ATLに限らず、感染症・炎症ストレスと関連とした造血器腫瘍の病態解明と治療法開発に貢献する。
各共同研究を加速するために、シンポジウム・国際会議を開催する。
事業開始早期に開催する熊本大学でのキックオフシンポジウムをはじめ、毎年1、2回のセミナーを定期的に実施する。
毎年、日本人または外国籍の若手研究者数名が、意見交換、技術習得や論文作成のために、相手国あるいは熊本大学に短期・中期的に滞在し、共同研究や次世代研究技術の共同開発を遂行する。